ここは積読ビルでひっそりと営業中の、本好きが集まる『スナック さしえ』
土曜日夕方のこのスナックには、常連客が集い賑やかになります。
おや、今日は早い時間からカウンターの一番端の席に、スナックさしえのママと元図書委員長(中学時代)の主婦のHさんが最近読んだ本の話をしているようです。
ちょっと耳を傾けてみるとしましょうか(カランコロンカランコロン)
元図書委員長の主婦Hさん(以下、Hさん)「最近、おもしろい本読んだんですよ」
スナックさしえのママ「そうなんだぁ。そういえばHさんオススメの『文にあたる』読みましたよ~。よかったよー」
Hさん「あ、その本読んだ直後なら、ちょうどいい本だよ。同じく言葉の本です」と、おもむろにカバンの中から本を取り出す。
Hさん「この表紙、どう思う?」
さしえママ「どうって…このセーラー服の女の子の座り方だと、パンツが見えそうや……」
Hさん「どこ見てるんや…『うまれることば、しぬことば』の著者、酒井順子さんは『負け犬の遠吠え』がベストセラーになったエッセイ作家。
表紙にも少し載ってる言葉だけど、映え、陰キャ、根暗、映え、生きづらさ、『気づき』をもらった、『個人的な意見ですが』、わかりみ、自分らしさ…いつ登場したのかも分からないけれど、流行り言葉だよね。
みんなが使ってるから、その言葉を使おうか…意味もたいして分からないのに…その言葉に愛はあるんか!(←アイ〇ルのCM風に言う)と警鐘を鳴らしているのが、本書であります!!!」
さしえママ「Hさんの圧におののくわ…確かに『わかりみが深い』って最近、使うかも」
Hさん「でしょ。『気づきをもらった』という言い方も最近、気になってる。『…ということに気づいた』と言えばいいのに、わざわざ『気づきをもらった』という表現。これは日本の贈答文化が根底にあるのでは、と著者の酒井順子はさんは指摘していて、なるほどって思った。
『わかりみが深い』についての記述は目からウロコ。本書の58ページ。
どの時代にも若者の流行り言葉はありますが、「み」は特に、時代の空気をよく表現している表現です。たとえば「わかりみが深い」といった言い方を見ると、「わかった」と言うよりも、「わかる」ということからの距離が離れているのであり、誰が「わかった」のか曖昧にさせる。
それは「わかりみ」が自分のところに舞い降りてきた、という感じ。努力して理解したというよりは、はからずも理解してしまったという、僥倖感が漂うのです。
さしえママ「GYO-KO-KANという表現よw 思いがけない幸運という意味ね……」
Hさん「そう、表現がいちいちおもしろいのもツボ。
あと、『個人的な意見』という免罪符、という章も、なかなか鋭い指摘。あーそれ言っちゃいますか!って感じ。『知らんけど』とか『個人的な意見ですが』、ほんと、免罪符でしかない。自分を守った言い方だよ。言い切らないのが日本人らしいというか。
アスリートがインタビューって最初にみんな『そうですね』って言うでしょ。それについても指摘してて、著者の酒井さんの鋭い洞察力が垣間見える」
さしえママ「一気にいろいろ言われて、整理できない…」
Hさん「ま、賛否両論ありそうな本だけど、こんな考え方もあるんだな、おもしろいな~くらいで読んだらいいよ。流行ってる言葉のモヤモヤを一刀両断してて痛快な本だった。
この本に載ってないけど私が注目している言葉は『~しか勝たん!』と『可愛くてごめん』かな」
さしえママ「聞いてもいないのに注目している言葉まで教えてくれてありがとう。だけど、その言葉、すでにもう古いと思う」
Hさん「個人的な意見だけど、この本を読んで、たくさんの気づきをもらいましたねー-。気づきをありがとう!わかりみが深い!!」
さしえママ「いろいろ使いすぎてくどい!」
Hさん「そう?くどくてごめん。いつも可愛くてごめん」
さしえママ「(絶句)」
今日も『スナックさしえ』は大盛況。
おっと、次は、積読ビル2階の栞総合医院の医院長もやってきましたよ。同じくいいんちょう…中学時代図書委員長のHさん(図書委員長と医院長では箔が違うw)と次はどの本を語るのでしょうか。
それはまた別のお話。
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